読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

菊月或斗

てきとうに遊ぶ

No title story ― 一話『人生の題名』

 「私の話か。どう話せばいいかわからないな」
 「強要してる訳じゃないんだ。気が済むまで話をしてよ。何でもいいから」
 「そう。そうだな――」
 朝凪柊汰と辻本園花は、そのまま橋の上に居た。
 そして、朝凪が辻本の自殺を止め、彼女の話を聞くことになった。
 二人は橋の手すりに腕を乗せ、お互いの顔を見ることなく、ただ夕日を見つめていた。
 辺りはだんだんと暗くなってきている。
 「私はさ、ちょっと普通と違うんだ」
 「普通と違う?」
 「そう。一般的な人と、感覚が違う」
 辻本が言った。
 「私はやたら、人に好かれるみたいなんだ」
 人に好かれる、か。
 随分と羨ましい話じゃないか。
 だが、それは納得のできる話だった。
 黒髪を背中まで伸ばしており、その髪型は、辻本の整った顔に恐ろしい程似合っていた。
 「でもね、私は人が嫌いなんだ。だから、人から好かれるのはストレスでしかない」
 「僕にはわからない話かもしれないな」
 「だろう? だから私は普通じゃないんだ」
 朝凪は人に好かれるなんてことはないし、人の行為をストレスに感じることもない。だから、辻本の話には全く共感できなかった。
 だが――
 「共感することはできない。けど、僕だからこそわかることもある」
 「どういうこと?」
 「――僕はね、君と真逆なんだ」
 そう、朝凪は辻本と正反対だった。
 朝凪は基本的に、人間が大好きだ。
 だから、他人が困っているのを放っておけないし、すぐに誰かを助けたくなる。
 だが、朝凪はそんな所を嫌われる。
 朝凪柊汰は人が好きだが、人に嫌われる。
 辻本園花は人が嫌いだが、人に好かれる。
 正しく、真逆である。
 「なんだそれ。私には全くわからない」
 「いや、逆だからこそ、だよ」
 「逆であるからこそ、わかることっていうのは?」
 ただ人に話しかけるという、少しの辻本の仕草は、朝凪にはとても魅力的に感じられた。
 ああ、こいつは可愛いな、と、直感的に感じてしまった。
 辻本が人に好かれる理由が分かったような気がした。
 「僕は君と違って、人に嫌われる。人に嫌われるのは嫌なことだ」
 「それで?」
 「君は人に好かれるけど、人に好かれるのは嫌で。
 僕は人に嫌われるけど、人に嫌われるのは嫌だ」
 朝凪が語る。
 辻本が聞く。
 だが二人は決して目を合わせない。
 ただ、沈んでいく太陽の名残を見つめている。
 「この話の続きはまた今度にしよう」
 「また会うのか?」
 「うん、僕らはきっとまた会う。そんな予感がしたんだ。また、ここで会う」
 「そ。それじゃ」
 「うん。またね」
 二人はお互いに違う方へと歩き出した。
 辻本は橋を挟んだ逆方向に住んでいるのだろう。
 この時、朝凪は、辻本に〝何か〟を感じていた。その〝何か〟が何であるのかは分からなかったが、どうしようもなく、朝凪は彼女に惹かれてしまった。一目惚れと言ってもいいかもしれない。ただ、外見によるものではない。確かに、辻本の外見は、とても整っており、何より可愛い。
 だが、朝凪が惹かれたのはそこではない。
 なんと表していいのかはわからない。
 だから、朝凪は、辻本の奥底にある、根源――その〝何か〟に、どうしてか惹かれたのだ。
 


 ✕
 


 朝凪と辻本は、初めて会ってからも何度も、橋の上で話をした。もう三ヶ月がたった。
 時刻はいつも、午後五時半ごろ。頻度は週に一度ほど。
 連絡をとりあえば良かったものの、朝凪は携帯電話を持っていなかったため、連絡をとりあうことはできなかった。
 二人は橋の上で、色んな会話をした。
 それはいつだって、益体もない会話だった――。
 
 「じゃあさ、今日は朝凪の高校の話を聞かせてよ。通ってるんだろう、高校」
 「うん。一応は」
 「一応?」
 辻本が聞く。
 「僕は友達がいないからね。例えば、中学校を卒業した、誰もが想像するような高校生活とは違う。ただ勉強しに行っているだけだ」
 「ふぅん」
 辻本の反応は至ってシンプルで、大まかに相槌をうつだけに留まっている。
 「そっちは?」
 「私か。そうだな。きっと、朝凪が私と同じ学校に通っていたら、ビックリするだろうね」
 「ビックリ?」
 「うん。別人だと思うんじゃないかな」
 「もしかして、猫を被っているの?」
 「そう。もっと女らしい口調で、なるべく人当たりよくするよう心がけてる」
 「君の女の子らしい喋り方は少し興味があるな」
 「はは。言ってろ」
 と、言いつつも、朝凪はそこまで興味があった訳ではなかった。
 自分に対し、普段とは違う話し方をしてくれるということ。それは、朝凪に心を開いているということに言い換えられる。
 朝凪は少々驚愕しつつも、同時に小さな感動を覚えていた。
 「そういえば、初めてあった時、話の途中で別れたけど、結局なんだったんだ?」
 初めてあった時。それは、朝凪が辻本の自殺を止めた日だ。そして、その日に話したことは、途中で切り上げてしまった。会ったのがもう遅い時間だったから仕方が無い。
 ――僕はね、君と真逆なんだ。
 朝凪と辻本が、正反対であるという話。
 「あの話か。別に、何か大きな趣旨があるわけじゃない。簡単な話、真逆であるということは、お互いの良点、欠点を補完できるってこと」
 「そんなことだったのか」
 「初めての話としては、そこまで難しい話じゃあないだろう? 僕はそういう、益体もない話が好きなんだ」
 いつだってそうだ。
 朝凪と辻本のどちらかが、小さな話の種を投げ、そこから話が広がっていく。
 初めてあった時から三ヶ月が経った今でも、それは同じ。
 朝凪は、何よりもこの時間が好きだった。
 「ひとつ、益体もない話をしようか」
 「構わないよ」
 「自分自身が、一つの物語の主人公である、という話を知っているかな?」
 「なんだそれ」
 物語の主人公。人生を物語とすると、人間は皆、それぞれの人生における主人公である、という話だ。どうやら辻本は聞いたことがないのか、はたまた忘れているのか。
 「人生を一つの物語と仮定するんだよ。そうして、自分自身の物語を……そう、例えば小説として出版するとしたら。自分の物語は、どういう『題名』だと思う?」
 「題名……か」
 「僕の人生を小説にするなら……そうだね、題名は、『No title story』だ」
 「『無題の物語』?」
 そう、朝凪の物語に、題名はない。だが、この仮定において無題というのは少々趣旨と逸れている。だから、『無題』。
 「題名っていうのは、その物語の『核』になるんだ。僕にはその『核』がない」
 「あんたの『困っている人を助けたい』っていうのは『核』にならないの?」
 「うん。『困っている人を助けたい』、っていう気持ちなんて、本当は存在しないんだ。それは自分の為じゃない。自分がいい気分になりたいからじゃあない。自分の意思ですらない」
 朝凪はどんなときも、自分を第一優先にはしない。他人を第一優先とする。他者中心の人間だ。
 だから、朝凪柊汰が織り成す物語は、いつだって他人が主人公なのだ。朝凪は語り手に過ぎない。
 「僕はいつだって語り手なんだ。だから、『核』があるのは常に僕じゃない。だから、『無題』。その時その時によって、僕の物語の題名は変わっていく」
 「へぇ。そりゃ結構な話だな。でもそれじゃあ題名は『無題』なんじゃないのか? なんで『No title story』なんて英語の題名にしたんだ」
 「この例え話の出発点を思い出すんだ。人生という物語を小説として出版したら、だ」
 「それで?」
 「どうして英語にしたか。そりゃあ――」
 

 「――『無題』じゃあ、誰の手にも取ってもらえないだろう?」
 「はは。お前らしいな」
 辻本が小さく笑った。
 つられて、朝凪も笑った。
 

 「それじゃ、私の物語の題名も、『No title story』だな」
 辻本が人差し指を立てながら言った。
 「どうして?」
 「私は人が嫌いだと言ったよな。あれには少し語弊がある」
 「語弊」
 朝凪は確認するように、言葉を反復する。
 「そ。語弊。正確に言うと、私は人と関わるのが嫌いなんだ。でも、人を観察するのは嫌いじゃない」
 「なるほどね。じゃあ、今僕と会話しているのは、無理してるのかな。付き合わせた分、謝らないと――」
 「それは大丈夫だ。なんでか、あんたと話をするのは、嫌いじゃない」
 「それはありがたいね」
 朝凪の心配事は解消されたみたいだ。
 朝凪は前から、辻本の『人が嫌い』だということが、気にかかっていた。
 であれば、今自分は、辻本をいやいや付き合わせているのではないかと考えていた。
 朝凪自身が誘ったものだから、朝凪の言えることではないのだけれど。
 「話の続き。私の題名も『No title story』である理由。もう、あんたなら十二分に分かってるんじゃないか?」
 「さあ? わからないや」
 これは嘘だ。本当は、もう分かっている。
 「お前は嘘つきだな」
 辻本はそう言って笑ってみせた。
 バレバレだったみたいだ。
 「あんたが『語り手』であるのと同時に、私は『読み手』なんだ」
 そう。その通りだ。
 朝凪の人生とは、常に第三者。誰かの物語を、近くから観測するにすぎない。
 辻本の人生とは、常に第三者。誰かの物語を、遠くから観測するにすぎない。
 真逆だからこそ、お互いを補完できると、朝凪は言ったけれど、それは真意ではない。
 ――真逆である故に、本質的に同じなのだ。
 「だから、私とあんたはこんなにも気が合うんだろうな。『語り手』と『読み手』、か」
 二人に沈黙が流れる。
 また、夕日が沈もうとしていた。
 夕日が二人の視界が消えた時が、この話し合いの終わりとなっている。
 「そろそろ高校一年生も終わる。僕達は高校二年生になる」
 「そうだな」
 「次はいつ会おうか」
 「始業式が始まってから一週間後なんてどうだ? 私たちがどれだけ無様に高校二年生をスタートさせたか、ここで話そう」
 「それはいいね。じゃ、またね」
 「ああ。またな」
 始業式から一週間後となると、あと二週間弱と言ったところか。
 自らのことを楽に話せる人物ができたことで、二人の生活は変わるのだろうか。何事もなく、日常が過ぎていくかもしれないし、今までの生活が夢であったかのように、一変するかもしれない。――ここでの辻本との話すら、夢かもしれない。
 そんな益体もない想像をしている。
 でも確かに、三ヶ月という時を経て、二人は変わった。
 元々、二人は自殺願望者だったのだ。
 どうしようもなく『同じ』である二人が出会い、心に隙間が出来たのか。
 今ではそこまで自殺願望も芽生えない。きっと、辻本も同じだろう。
 


 ✕
 


 朝凪が自分の意識の外に人を助けたくなるのは、朝凪自身が未熟だからなのだと思っている。
 朝凪が人に嫌われるのは、この性質のせいだ。
 対する辻本には、決定的な人に好かれる理由がない。強いて言うなら、その容姿か。性格は――猫をかぶっているそうだから、よく分からない。もしかしたら、朝凪のように、意識の外で人に好かれるような行動を起こしているのかもしれない。
 どちらも意図して嫌われようと、好かれようとしている訳では無い筈だ。仕方の無いことなのだろう。
 高校二年生になっても、生活自体は変わらないだろうし、変えようとも思わない。
 だから朝凪は、今のままでいようと思った。
 せめて、変わるのは高校を卒業してからにしよう。
 今は、辻本との関係を壊したくなかった。
 どちらかが〝変わって〟しまったら、この関係は終わってしまう。そう思ったし、同時に、そんなものは関係ないとも思った。
 現状維持のための最善の選択は、変わらないことだと思う。
 だから朝凪は、変わらないことに――今まで通りの生活をすることに――した。
 願わくば、辻本もそうであると祈りつつ――。