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菊月或斗

てきとうに遊ぶ

東方聖杯譚〜Fate/FantAsia act.1

 ――大気に魔力が満ちていく。
 霧のような魔力が辺りを満たしていく――サーヴァント召喚の影響だ。
 東雲妖汰は目の前の光景に興奮と緊張を覚えていた。
 英霊召喚の詠唱を終え、今まさに、英霊が顕現しようとしている。
 「……っ!」
 体内の魔力がどこかへと消えていくのがわかる。気を抜けば倒れてしまいそうだ。
 ――刹那、視界を光が奪った。
 思わず妖汰は目をつぶり、腕で覆った。
 予め描いた魔法陣から、魔力を帯びた風が吹いてくる。温かくも冷たくもない、心地よいとは言えない風だ。
 しばらくし、風が止んだ。
 魔法陣の中心に、気配を感じる――とても人とは思えない、恐ろしい魔力を感じる。
 妖汰は恐る恐る、覆っていた腕を下ろし、目を開けていった。
 ――魔法陣の中心には、赤と白の巫女装束を身にまとった少女が立っていた。
 「――あんたが私のマスター?」
 少女が口を開いた。
 「えっ、あ、その……はい? いや、うん、俺がマスターだ」
 妖汰は緊張からか、自分でもよくわからない喋り方になっていた。
 少女は、そう、とだけ言い残し、妖汰の隣を通り過ぎようとした。
 ……はい?
 「いやちょっと待て!」
 妖汰は振り向き、少女の腕を掴んだ。
 腕を掴まれた少女は、一瞬驚いたような顔をし、すぐに不機嫌そうに目を細めた。
 「……何?」
 声には明らかにその不機嫌さがこもっている。
 「何、じゃなくて。ほら、なんかもっとないの? 仮にもサーヴァント召喚のシーンだろ?」
 「知らないわよそんなの。そっちの都合でしょ」
 「おいおい……」
 大丈夫だろうか、と妖汰は思った。
 「召喚早々で悪いんだが、一ついいかな」
 「ん?」
 巫女は不機嫌そうな表情のまま、首を傾けた。
 「俺がマスターだと確認して、なんで通り過ぎようとしたの? ここがどこかもわからずに?」
 「あー……まあ、勘でどうにかなるかなー、と」
 「ならねえだろ普通」
 ……なんだこれ。これがサーヴァント召喚のセリフ? 嘘だろ。
 「そうね。やっぱり立場的に、マスターの指示に従ってたほうが楽そうだわ」
 目の前の少女が言った。
 そのとき、妖汰は頭を抱え、その場にうずくまった。
 “……なんだろう。ハズレ引いた気がするってか、うまくやっていける気がしない……”
 「――おーい。聞いてる? マースーター」
 少女が妖汰に呼びかける。
 「聞いてるじゃねえよ……」
 妖汰は頭を抱えたまま、少女を見上げた。
 「……あんた、本当にマスター?」
 「マスターだよ」
 「そう。私はキャスター」
 少女が言った。
 ――そう。これを求めてたんだよ。
 「――まあ普通は自己紹介だよな。俺は東雲妖汰だ。妖汰でいい」
 「じゃあ妖汰ね」
 キャスターは無表情のまま答えた。
 ここで妖汰は、ひとつ、気になっていたことをキャスターに問うた。
 「そうだ。キャスターって呼ぶのなんかこう……気に食わないってか、気に入らないからさ。その……真名を教えてもらえないか?」
 妖汰の言葉を聞くと、キャスターは再び表情を曇らせた。先程のような不機嫌さに加え、少々の呆れも感じる表情だ。
 「……真名の隠匿って知らないのかしら。ま、私も同意見だからいいけど」
 キャスターはため息をつき、
 「――博麗霊夢霊夢でいいわ」
 と、自信ありげに言い放った。
 「霊夢か。いい名前だな。よろしく」
 妖汰はそう言って握手を求めた。と、霊夢はそれに応え、すぐに手を握ってきた。
 相変わらず少し無表情だが。
 
 「てか、私の真名も知らずに喚んだの? よく知らない英霊喚ぼうと思ったわね」
 「……なんかごめん」
 
 
 ×

 
 「ねえセイバー」
 「? なんでしょう、カオルコ」
 「何故私たちのサーヴァント召喚シーンはカットなのかしら」
 「……表現が被るとか……面倒臭いとか……そういう、大人の都合では」
 「なるほど」
 宇佐見香子は英霊の召喚を終え、聖杯戦争に対する計画を立てていた。
 香子はセイバーと共に、家の二階の書斎に居た。
 姉が読んでいた本が九割を占めているが、いつ帰ってきてもいいように定期的に掃除をしているこの部屋は、ほこりくさいこともなく、居心地のよい空間だった。
 書斎にある机の中でも、特に大きな机の上に、この町の地図が広がっている。この地図は魔術的なもので、大きな魔力反応のある場所を映す仕組みになっている。ちなみにこれは、電子機器の苦手な香子が独自に開発したものだ
 「……ここ、と。あとここもね」
 そういいながら、香子は次々と地図に丸を付けていく。
 地図の特に魔力反応が大きかった場所に印をつけることで、あわよくば、聖杯戦争の他の参加者の本拠地を割り出せるのではないか、と考えたのだ。
 「いち、に、さん、し……四つしかないわね」
 「サーヴァントは七騎召喚されますから、この四つ全てがサーヴァント召喚の名残ならば、他の二騎は魔術師として厄介な相手になりそうですね」
 香子とセイバーは地図につけた丸を数えた。数は四つで、サーヴァント七騎に満たない。
 セイバーの見解通り、反応のでた四つの陣営は、素人、又は対策を怠った人物である可能性が高い。逆に反応がなかった他の二騎の陣営は、魔術師として優秀であるということがわかる。
 「さすがに全陣営が引っかかるわけないか……。この四つの場所には使い魔を送っておくわ」
 香子がため息まじりに話すと、セイバーは少々驚いたような顔をした。
 「――? どうしたの、セイバー」
 香子が聞くと、
 「いえ、カオルコは優秀ですね」
 セイバーは微笑みながら返した。
 「今に始まったことではないでしょう?」
 香子は笑って返した。
 
 香子が召喚したサーヴァント、セイバーの真名は、アーサー・ペンドラゴン――否、アルトリア・ペンドラゴンだ。香子も、召喚して初めてセイバーを見たときは、さすがに動揺したものだ。円卓の騎士王、アーサーなのだから、さぞ顔だちの整った男性なのだろうと思っていた。
 しかし、香子とさほど身長の変わらぬ少女が現れたのだ。動揺しても仕方がない。
 召喚したセイバーのステータスをみたとき、香子は再度驚いた。最優のクラスと呼ばれるセイバーということもあり、およそ敵はいないと思われるほどのステータスだった。
 「さて、これからどーするかなー」
 香子はセイバーに語りかけるでもなく、ただ虚空へと呟いた。
 「こちらから仕掛けるか、待つかの二択では」
 セイバーが語りかける。
 すると香子は言った――。
 「それもそうね。でも……」
 
 「ほら、動きがありそうよ?」
 ――地図に映る、衝突した二つの魔力を指差しながら。
 
 
 ×
 
 
 「で、これからどうするの」
 「考えてません」
 「は?」
 「考えてませんが」
 東雲妖汰は自室で霊夢と共に作戦会議をしていた。
 作戦会議と言えども、当の本人はいっさいのそれを考えていない。
 右手の甲に令呪が宿ってからというものの、高揚感からか、媒介の入手、召喚の準備にしか頭が回っていなかった。
 それ故の事態がこれである。
 「あんた魔術師でしょ? 計画ぐらいちゃんとしなさいよ……」
 霊夢が呆れ気味に呟いた。やれやれ、とでも言いたげなジェスチャーつきで。
 「……」
 「……」
 二人の間を何も無い時間が通り過ぎていく。
 沈黙。
 居心地が悪く、何か話をしようと思い、妖汰は話のネタを考えようとした。
 しかし意外にも、話を切り出したのは霊夢のほうだった。
 「あんた、聖杯を手に入れたら何に使う?」 
 「……ん。聖杯、か。そういえば、何も考えてなかったな」
 妖汰は自身の思いをそのままに声にした。
 ややあって、霊夢がため息をついた。
 「……まだあんたが聖杯戦争に巻き込まれたマスターだって言われた方が納得できるわね」
 「へいへい」
 妖汰自身、何故ここまで計画性の無いままに、英霊召喚に踏み切ったのか、わかっていない。
 まるで、何かにとりつかれたようでもあった。
 まるで、何かに導かれているようでもあった。
 まるで、何かを追いかけているようでもあった。
 そう、妖汰は感じていた。
 「じゃあさ、霊夢は聖杯になにを願う?」
 霊夢に問われたことをそのまま返す。
 すると霊夢は、一呼吸置いてから、話し始めた。
 「そうね、私は――」
 ――瞬間。耳をつんざくような音が鳴り響いた。ガラスの割れる音だ。
 方向は東雲家の庭。東雲家は和風の家であり、そこそこの面積を誇る。ここに両親がいないで、妖汰ひとりでいるのだから、不便この上ない。
 「なんだってんだ……ッ!」
 「敵襲、かしらね」
 妖汰と霊夢は音の方向へと駆け出した――。
 
 庭に出ると、そこには見覚えのない人影があった。
 真っ先に印象を与えられたのは、その大きな三角帽子だった。身につけている黒い服に白いエプロン、手に持った箒を合わせ、いかにも魔術師というような――それも21世紀初期の――格好をしていた。
 魔術師風の金髪少女がこちらに近づいた。
 「――へっ、聖杯戦争でも一緒になるとはラッキーだな。運命っていうのか?」
 あたかも霊夢のことを知っているかのような口調で話しかけてきた。否、霊夢のことを知っていると考えて間違いないだろう。
 「運営っていうより腐れ縁ね、魔理沙
 霊夢は金髪の少女を『魔理沙』とよんだ。これが相手の真名か。
 ――サーヴァントの敵襲じゃないか。
 妖汰は少々の焦りを感じた。
 すでに空気は張り詰めている。
 少しのきっかけで崩れてしまいそうな、圧倒的緊張感。
 「ここで始めてもいいんだけど、聖杯戦争は秘匿しないといけないでしょう? 魔理沙、ついてきなさい」
 「ん、私は構わないぜ。久しぶりに霊夢と闘えるなら」
 二人は会話をすすめている。
 何やら取り残されている感じがするが、まあいいだろう。
 ――初戦、開幕だ。