東方聖杯譚〜Fate/FantAsia act.0
聖杯。
其は全てを叶える願望器である。
魔術師たちは、自らの願いを叶えるべく、万能の願望器を求める。
そして、聖杯を手に入れる為には、とある戦争を勝ち抜かなければならない。
それは、聖杯戦争。
――真理を手に入れたければ汝、最強を以て力を証明せよ――
×
東雲妖汰は家の地下にいた。
何故地下にいるかというと、とある準備のためである。
おっと、それでは説明不足だろう。今行っているのは、聖杯戦争の準備だ。
「うし、こんなもんかな……」
誰に向けるでもなく、妖汰は独り呟いた。
よく友人に、独り言が多いと言われるが、まさにその通りだな、と実感した。
「あとは媒介を用意して……」
言葉に出して確認しながら、工程を進めていく。
次の工程はサーヴァントの召
喚だ。今回、妖汰が召喚しようとしているサヴァントのクラスはキャスターだ。
相性がいいわけではなく、ただ、たまたま手に入った召喚媒介が、キャスターのものだったのだ。
媒介となる、神社の巫女が持つようなお祓い棒。いわく、これを媒介に召喚されるサーヴァントは、キャスターであるらしい。
真名は知らないが、真名を話してくれるだろうか。それ以前に、召喚したサーヴァントと、上手くやっていけるだろうか……。
「は、何考えてんだ。ポジティブシンキングしねえとな」
自身を鼓舞するように、妖汰は声に出した。
妖汰は未熟な魔術使いだ。使い魔も使えなければ簡単な魔術程度も存分に使うことが出来ない。
そんな妖汰の右手の甲に、令呪が宿った時にはさすがに驚いた。
死んだ両親の血が優秀だったのか、魔術回路の質と量は相当のもので、素人同然である妖汰を、聖杯戦争を勝てるかもしれないと思わせたのは、この魔術回路が原因だ。
――さて、そろそろ始めようか。
聖杯戦争を――。
×
宇佐見香子は自宅の庭で空を眺めていた。
彼女は、東雲妖汰同様に、聖杯戦争に参加しようとしている魔術師である。
ただし、妖汰と香子には大きな違いがある。
それは“経験”だ。
魔術師として、幾つもの戦場を経験した香子は、戦いにおいて最も重要な点が何かを知っている。
前準備。これに限る。
香子は、この聖杯戦争に参加するにあたり、約一ヶ月前から準備をしている。
召喚媒介の入手に時間がかかってしまったが、それ以外は計画通りに進んでいた。
「……」
辺りが沈黙で満ちる。
香子が子供の頃に姉が家を出て以来、この家には話し相手がいない。
姉はとりわけ優秀で、大学を難なく卒業した後、日本の各地を巡っては――姉をここで語るのはよそう。
香子が手にいれた召喚媒介は、“剣の鞘”である。
随分と昔、冬木と呼ばれる土地で起きた聖杯戦争で媒介として使われたそうだが、流出し、行方が分からなくなっていたところを見つけ出した。
名は“全て遠き理想郷”。
ブリテンの王、アーサー・ペンドラゴンが持つ聖剣、“約束された勝利の剣”の鞘である。
この通り、香子が召喚しようとしているサーヴァントは、最優のクラス、セイバーだ。
――じゃあ、そろそろ始めようか。
聖杯戦争を――。
×
塾帰り、それは突然に襲ってきた。
猛烈な痛みと吐き気。
耐え難い痛みが浜野美希の体を襲った。
「――っ、くぁ……」
足元がふらつき、近くのビルの壁によりかかる。
誰かに見られちゃいけない――。
何故かそう思った美希は、足を引きずるように路地裏へ向かった。
もはや正確に思考する余裕などなかった。
その痛みは徐々に激しくなっていく。
「ああ、ごめんなさい。苦しませるつもりはなかったのだけれど」
言葉は突然に聞こえた。
聞き覚えのある声が反射する。
途切れそうな意識の中、美希は声の主に気がついた。
――あぁ、間違いない。この声は私の声帯から発せられている。
一体何が起きている?
「貴女の体が随分と適合したから、しばらく借りているわね」
適合? 借りる? どういうことだ。
「大丈夫。貴女は何も考えなくていい」
だめだ。自分の言葉すらうまく聞き取れない。
――死ぬのか?
「場合によってはね。でも、わたしは強いから、きっと大丈夫」
――意識は既に――途切れ途切れで――。
――美希は、最後に聞いた言葉だけ、鮮明に聞き取ることができた。
「――わたしは謐。アサシンよ」
――では、そろそろ始めようか。
聖杯戦争を――。
×
ピースは揃った。
各地でサーヴァントが召喚される。
では、頁を捲るとしよう。
――このとち狂った物語の頁を。