菊月或斗

てきとうに遊ぶ

No title story ― 一話『人生の題名』

 「私の話か。どう話せばいいかわからないな」
 「強要してる訳じゃないんだ。気が済むまで話をしてよ。何でもいいから」
 「そう。そうだな――」
 朝凪柊汰と辻本園花は、そのまま橋の上に居た。
 そして、朝凪が辻本の自殺を止め、彼女の話を聞くことになった。
 二人は橋の手すりに腕を乗せ、お互いの顔を見ることなく、ただ夕日を見つめていた。
 辺りはだんだんと暗くなってきている。
 「私はさ、ちょっと普通と違うんだ」
 「普通と違う?」
 「そう。一般的な人と、感覚が違う」
 辻本が言った。
 「私はやたら、人に好かれるみたいなんだ」
 人に好かれる、か。
 随分と羨ましい話じゃないか。
 だが、それは納得のできる話だった。
 黒髪を背中まで伸ばしており、その髪型は、辻本の整った顔に恐ろしい程似合っていた。
 「でもね、私は人が嫌いなんだ。だから、人から好かれるのはストレスでしかない」
 「僕にはわからない話かもしれないな」
 「だろう? だから私は普通じゃないんだ」
 朝凪は人に好かれるなんてことはないし、人の行為をストレスに感じることもない。だから、辻本の話には全く共感できなかった。
 だが――
 「共感することはできない。けど、僕だからこそわかることもある」
 「どういうこと?」
 「――僕はね、君と真逆なんだ」
 そう、朝凪は辻本と正反対だった。
 朝凪は基本的に、人間が大好きだ。
 だから、他人が困っているのを放っておけないし、すぐに誰かを助けたくなる。
 だが、朝凪はそんな所を嫌われる。
 朝凪柊汰は人が好きだが、人に嫌われる。
 辻本園花は人が嫌いだが、人に好かれる。
 正しく、真逆である。
 「なんだそれ。私には全くわからない」
 「いや、逆だからこそ、だよ」
 「逆であるからこそ、わかることっていうのは?」
 ただ人に話しかけるという、少しの辻本の仕草は、朝凪にはとても魅力的に感じられた。
 ああ、こいつは可愛いな、と、直感的に感じてしまった。
 辻本が人に好かれる理由が分かったような気がした。
 「僕は君と違って、人に嫌われる。人に嫌われるのは嫌なことだ」
 「それで?」
 「君は人に好かれるけど、人に好かれるのは嫌で。
 僕は人に嫌われるけど、人に嫌われるのは嫌だ」
 朝凪が語る。
 辻本が聞く。
 だが二人は決して目を合わせない。
 ただ、沈んでいく太陽の名残を見つめている。
 「この話の続きはまた今度にしよう」
 「また会うのか?」
 「うん、僕らはきっとまた会う。そんな予感がしたんだ。また、ここで会う」
 「そ。それじゃ」
 「うん。またね」
 二人はお互いに違う方へと歩き出した。
 辻本は橋を挟んだ逆方向に住んでいるのだろう。
 この時、朝凪は、辻本に〝何か〟を感じていた。その〝何か〟が何であるのかは分からなかったが、どうしようもなく、朝凪は彼女に惹かれてしまった。一目惚れと言ってもいいかもしれない。ただ、外見によるものではない。確かに、辻本の外見は、とても整っており、何より可愛い。
 だが、朝凪が惹かれたのはそこではない。
 なんと表していいのかはわからない。
 だから、朝凪は、辻本の奥底にある、根源――その〝何か〟に、どうしてか惹かれたのだ。
 


 ✕
 


 朝凪と辻本は、初めて会ってからも何度も、橋の上で話をした。もう三ヶ月がたった。
 時刻はいつも、午後五時半ごろ。頻度は週に一度ほど。
 連絡をとりあえば良かったものの、朝凪は携帯電話を持っていなかったため、連絡をとりあうことはできなかった。
 二人は橋の上で、色んな会話をした。
 それはいつだって、益体もない会話だった――。
 
 「じゃあさ、今日は朝凪の高校の話を聞かせてよ。通ってるんだろう、高校」
 「うん。一応は」
 「一応?」
 辻本が聞く。
 「僕は友達がいないからね。例えば、中学校を卒業した、誰もが想像するような高校生活とは違う。ただ勉強しに行っているだけだ」
 「ふぅん」
 辻本の反応は至ってシンプルで、大まかに相槌をうつだけに留まっている。
 「そっちは?」
 「私か。そうだな。きっと、朝凪が私と同じ学校に通っていたら、ビックリするだろうね」
 「ビックリ?」
 「うん。別人だと思うんじゃないかな」
 「もしかして、猫を被っているの?」
 「そう。もっと女らしい口調で、なるべく人当たりよくするよう心がけてる」
 「君の女の子らしい喋り方は少し興味があるな」
 「はは。言ってろ」
 と、言いつつも、朝凪はそこまで興味があった訳ではなかった。
 自分に対し、普段とは違う話し方をしてくれるということ。それは、朝凪に心を開いているということに言い換えられる。
 朝凪は少々驚愕しつつも、同時に小さな感動を覚えていた。
 「そういえば、初めてあった時、話の途中で別れたけど、結局なんだったんだ?」
 初めてあった時。それは、朝凪が辻本の自殺を止めた日だ。そして、その日に話したことは、途中で切り上げてしまった。会ったのがもう遅い時間だったから仕方が無い。
 ――僕はね、君と真逆なんだ。
 朝凪と辻本が、正反対であるという話。
 「あの話か。別に、何か大きな趣旨があるわけじゃない。簡単な話、真逆であるということは、お互いの良点、欠点を補完できるってこと」
 「そんなことだったのか」
 「初めての話としては、そこまで難しい話じゃあないだろう? 僕はそういう、益体もない話が好きなんだ」
 いつだってそうだ。
 朝凪と辻本のどちらかが、小さな話の種を投げ、そこから話が広がっていく。
 初めてあった時から三ヶ月が経った今でも、それは同じ。
 朝凪は、何よりもこの時間が好きだった。
 「ひとつ、益体もない話をしようか」
 「構わないよ」
 「自分自身が、一つの物語の主人公である、という話を知っているかな?」
 「なんだそれ」
 物語の主人公。人生を物語とすると、人間は皆、それぞれの人生における主人公である、という話だ。どうやら辻本は聞いたことがないのか、はたまた忘れているのか。
 「人生を一つの物語と仮定するんだよ。そうして、自分自身の物語を……そう、例えば小説として出版するとしたら。自分の物語は、どういう『題名』だと思う?」
 「題名……か」
 「僕の人生を小説にするなら……そうだね、題名は、『No title story』だ」
 「『無題の物語』?」
 そう、朝凪の物語に、題名はない。だが、この仮定において無題というのは少々趣旨と逸れている。だから、『無題』。
 「題名っていうのは、その物語の『核』になるんだ。僕にはその『核』がない」
 「あんたの『困っている人を助けたい』っていうのは『核』にならないの?」
 「うん。『困っている人を助けたい』、っていう気持ちなんて、本当は存在しないんだ。それは自分の為じゃない。自分がいい気分になりたいからじゃあない。自分の意思ですらない」
 朝凪はどんなときも、自分を第一優先にはしない。他人を第一優先とする。他者中心の人間だ。
 だから、朝凪柊汰が織り成す物語は、いつだって他人が主人公なのだ。朝凪は語り手に過ぎない。
 「僕はいつだって語り手なんだ。だから、『核』があるのは常に僕じゃない。だから、『無題』。その時その時によって、僕の物語の題名は変わっていく」
 「へぇ。そりゃ結構な話だな。でもそれじゃあ題名は『無題』なんじゃないのか? なんで『No title story』なんて英語の題名にしたんだ」
 「この例え話の出発点を思い出すんだ。人生という物語を小説として出版したら、だ」
 「それで?」
 「どうして英語にしたか。そりゃあ――」
 

 「――『無題』じゃあ、誰の手にも取ってもらえないだろう?」
 「はは。お前らしいな」
 辻本が小さく笑った。
 つられて、朝凪も笑った。
 

 「それじゃ、私の物語の題名も、『No title story』だな」
 辻本が人差し指を立てながら言った。
 「どうして?」
 「私は人が嫌いだと言ったよな。あれには少し語弊がある」
 「語弊」
 朝凪は確認するように、言葉を反復する。
 「そ。語弊。正確に言うと、私は人と関わるのが嫌いなんだ。でも、人を観察するのは嫌いじゃない」
 「なるほどね。じゃあ、今僕と会話しているのは、無理してるのかな。付き合わせた分、謝らないと――」
 「それは大丈夫だ。なんでか、あんたと話をするのは、嫌いじゃない」
 「それはありがたいね」
 朝凪の心配事は解消されたみたいだ。
 朝凪は前から、辻本の『人が嫌い』だということが、気にかかっていた。
 であれば、今自分は、辻本をいやいや付き合わせているのではないかと考えていた。
 朝凪自身が誘ったものだから、朝凪の言えることではないのだけれど。
 「話の続き。私の題名も『No title story』である理由。もう、あんたなら十二分に分かってるんじゃないか?」
 「さあ? わからないや」
 これは嘘だ。本当は、もう分かっている。
 「お前は嘘つきだな」
 辻本はそう言って笑ってみせた。
 バレバレだったみたいだ。
 「あんたが『語り手』であるのと同時に、私は『読み手』なんだ」
 そう。その通りだ。
 朝凪の人生とは、常に第三者。誰かの物語を、近くから観測するにすぎない。
 辻本の人生とは、常に第三者。誰かの物語を、遠くから観測するにすぎない。
 真逆だからこそ、お互いを補完できると、朝凪は言ったけれど、それは真意ではない。
 ――真逆である故に、本質的に同じなのだ。
 「だから、私とあんたはこんなにも気が合うんだろうな。『語り手』と『読み手』、か」
 二人に沈黙が流れる。
 また、夕日が沈もうとしていた。
 夕日が二人の視界が消えた時が、この話し合いの終わりとなっている。
 「そろそろ高校一年生も終わる。僕達は高校二年生になる」
 「そうだな」
 「次はいつ会おうか」
 「始業式が始まってから一週間後なんてどうだ? 私たちがどれだけ無様に高校二年生をスタートさせたか、ここで話そう」
 「それはいいね。じゃ、またね」
 「ああ。またな」
 始業式から一週間後となると、あと二週間弱と言ったところか。
 自らのことを楽に話せる人物ができたことで、二人の生活は変わるのだろうか。何事もなく、日常が過ぎていくかもしれないし、今までの生活が夢であったかのように、一変するかもしれない。――ここでの辻本との話すら、夢かもしれない。
 そんな益体もない想像をしている。
 でも確かに、三ヶ月という時を経て、二人は変わった。
 元々、二人は自殺願望者だったのだ。
 どうしようもなく『同じ』である二人が出会い、心に隙間が出来たのか。
 今ではそこまで自殺願望も芽生えない。きっと、辻本も同じだろう。
 


 ✕
 


 朝凪が自分の意識の外に人を助けたくなるのは、朝凪自身が未熟だからなのだと思っている。
 朝凪が人に嫌われるのは、この性質のせいだ。
 対する辻本には、決定的な人に好かれる理由がない。強いて言うなら、その容姿か。性格は――猫をかぶっているそうだから、よく分からない。もしかしたら、朝凪のように、意識の外で人に好かれるような行動を起こしているのかもしれない。
 どちらも意図して嫌われようと、好かれようとしている訳では無い筈だ。仕方の無いことなのだろう。
 高校二年生になっても、生活自体は変わらないだろうし、変えようとも思わない。
 だから朝凪は、今のままでいようと思った。
 せめて、変わるのは高校を卒業してからにしよう。
 今は、辻本との関係を壊したくなかった。
 どちらかが〝変わって〟しまったら、この関係は終わってしまう。そう思ったし、同時に、そんなものは関係ないとも思った。
 現状維持のための最善の選択は、変わらないことだと思う。
 だから朝凪は、変わらないことに――今まで通りの生活をすることに――した。
 願わくば、辻本もそうであると祈りつつ――。

東方聖杯譚〜Fate/FantAsia act.1

 ――大気に魔力が満ちていく。
 霧のような魔力が辺りを満たしていく――サーヴァント召喚の影響だ。
 東雲妖汰は目の前の光景に興奮と緊張を覚えていた。
 英霊召喚の詠唱を終え、今まさに、英霊が顕現しようとしている。
 「……っ!」
 体内の魔力がどこかへと消えていくのがわかる。気を抜けば倒れてしまいそうだ。
 ――刹那、視界を光が奪った。
 思わず妖汰は目をつぶり、腕で覆った。
 予め描いた魔法陣から、魔力を帯びた風が吹いてくる。温かくも冷たくもない、心地よいとは言えない風だ。
 しばらくし、風が止んだ。
 魔法陣の中心に、気配を感じる――とても人とは思えない、恐ろしい魔力を感じる。
 妖汰は恐る恐る、覆っていた腕を下ろし、目を開けていった。
 ――魔法陣の中心には、赤と白の巫女装束を身にまとった少女が立っていた。
 「――あんたが私のマスター?」
 少女が口を開いた。
 「えっ、あ、その……はい? いや、うん、俺がマスターだ」
 妖汰は緊張からか、自分でもよくわからない喋り方になっていた。
 少女は、そう、とだけ言い残し、妖汰の隣を通り過ぎようとした。
 ……はい?
 「いやちょっと待て!」
 妖汰は振り向き、少女の腕を掴んだ。
 腕を掴まれた少女は、一瞬驚いたような顔をし、すぐに不機嫌そうに目を細めた。
 「……何?」
 声には明らかにその不機嫌さがこもっている。
 「何、じゃなくて。ほら、なんかもっとないの? 仮にもサーヴァント召喚のシーンだろ?」
 「知らないわよそんなの。そっちの都合でしょ」
 「おいおい……」
 大丈夫だろうか、と妖汰は思った。
 「召喚早々で悪いんだが、一ついいかな」
 「ん?」
 巫女は不機嫌そうな表情のまま、首を傾けた。
 「俺がマスターだと確認して、なんで通り過ぎようとしたの? ここがどこかもわからずに?」
 「あー……まあ、勘でどうにかなるかなー、と」
 「ならねえだろ普通」
 ……なんだこれ。これがサーヴァント召喚のセリフ? 嘘だろ。
 「そうね。やっぱり立場的に、マスターの指示に従ってたほうが楽そうだわ」
 目の前の少女が言った。
 そのとき、妖汰は頭を抱え、その場にうずくまった。
 “……なんだろう。ハズレ引いた気がするってか、うまくやっていける気がしない……”
 「――おーい。聞いてる? マースーター」
 少女が妖汰に呼びかける。
 「聞いてるじゃねえよ……」
 妖汰は頭を抱えたまま、少女を見上げた。
 「……あんた、本当にマスター?」
 「マスターだよ」
 「そう。私はキャスター」
 少女が言った。
 ――そう。これを求めてたんだよ。
 「――まあ普通は自己紹介だよな。俺は東雲妖汰だ。妖汰でいい」
 「じゃあ妖汰ね」
 キャスターは無表情のまま答えた。
 ここで妖汰は、ひとつ、気になっていたことをキャスターに問うた。
 「そうだ。キャスターって呼ぶのなんかこう……気に食わないってか、気に入らないからさ。その……真名を教えてもらえないか?」
 妖汰の言葉を聞くと、キャスターは再び表情を曇らせた。先程のような不機嫌さに加え、少々の呆れも感じる表情だ。
 「……真名の隠匿って知らないのかしら。ま、私も同意見だからいいけど」
 キャスターはため息をつき、
 「――博麗霊夢霊夢でいいわ」
 と、自信ありげに言い放った。
 「霊夢か。いい名前だな。よろしく」
 妖汰はそう言って握手を求めた。と、霊夢はそれに応え、すぐに手を握ってきた。
 相変わらず少し無表情だが。
 
 「てか、私の真名も知らずに喚んだの? よく知らない英霊喚ぼうと思ったわね」
 「……なんかごめん」
 
 
 ×

 
 「ねえセイバー」
 「? なんでしょう、カオルコ」
 「何故私たちのサーヴァント召喚シーンはカットなのかしら」
 「……表現が被るとか……面倒臭いとか……そういう、大人の都合では」
 「なるほど」
 宇佐見香子は英霊の召喚を終え、聖杯戦争に対する計画を立てていた。
 香子はセイバーと共に、家の二階の書斎に居た。
 姉が読んでいた本が九割を占めているが、いつ帰ってきてもいいように定期的に掃除をしているこの部屋は、ほこりくさいこともなく、居心地のよい空間だった。
 書斎にある机の中でも、特に大きな机の上に、この町の地図が広がっている。この地図は魔術的なもので、大きな魔力反応のある場所を映す仕組みになっている。ちなみにこれは、電子機器の苦手な香子が独自に開発したものだ
 「……ここ、と。あとここもね」
 そういいながら、香子は次々と地図に丸を付けていく。
 地図の特に魔力反応が大きかった場所に印をつけることで、あわよくば、聖杯戦争の他の参加者の本拠地を割り出せるのではないか、と考えたのだ。
 「いち、に、さん、し……四つしかないわね」
 「サーヴァントは七騎召喚されますから、この四つ全てがサーヴァント召喚の名残ならば、他の二騎は魔術師として厄介な相手になりそうですね」
 香子とセイバーは地図につけた丸を数えた。数は四つで、サーヴァント七騎に満たない。
 セイバーの見解通り、反応のでた四つの陣営は、素人、又は対策を怠った人物である可能性が高い。逆に反応がなかった他の二騎の陣営は、魔術師として優秀であるということがわかる。
 「さすがに全陣営が引っかかるわけないか……。この四つの場所には使い魔を送っておくわ」
 香子がため息まじりに話すと、セイバーは少々驚いたような顔をした。
 「――? どうしたの、セイバー」
 香子が聞くと、
 「いえ、カオルコは優秀ですね」
 セイバーは微笑みながら返した。
 「今に始まったことではないでしょう?」
 香子は笑って返した。
 
 香子が召喚したサーヴァント、セイバーの真名は、アーサー・ペンドラゴン――否、アルトリア・ペンドラゴンだ。香子も、召喚して初めてセイバーを見たときは、さすがに動揺したものだ。円卓の騎士王、アーサーなのだから、さぞ顔だちの整った男性なのだろうと思っていた。
 しかし、香子とさほど身長の変わらぬ少女が現れたのだ。動揺しても仕方がない。
 召喚したセイバーのステータスをみたとき、香子は再度驚いた。最優のクラスと呼ばれるセイバーということもあり、およそ敵はいないと思われるほどのステータスだった。
 「さて、これからどーするかなー」
 香子はセイバーに語りかけるでもなく、ただ虚空へと呟いた。
 「こちらから仕掛けるか、待つかの二択では」
 セイバーが語りかける。
 すると香子は言った――。
 「それもそうね。でも……」
 
 「ほら、動きがありそうよ?」
 ――地図に映る、衝突した二つの魔力を指差しながら。
 
 
 ×
 
 
 「で、これからどうするの」
 「考えてません」
 「は?」
 「考えてませんが」
 東雲妖汰は自室で霊夢と共に作戦会議をしていた。
 作戦会議と言えども、当の本人はいっさいのそれを考えていない。
 右手の甲に令呪が宿ってからというものの、高揚感からか、媒介の入手、召喚の準備にしか頭が回っていなかった。
 それ故の事態がこれである。
 「あんた魔術師でしょ? 計画ぐらいちゃんとしなさいよ……」
 霊夢が呆れ気味に呟いた。やれやれ、とでも言いたげなジェスチャーつきで。
 「……」
 「……」
 二人の間を何も無い時間が通り過ぎていく。
 沈黙。
 居心地が悪く、何か話をしようと思い、妖汰は話のネタを考えようとした。
 しかし意外にも、話を切り出したのは霊夢のほうだった。
 「あんた、聖杯を手に入れたら何に使う?」 
 「……ん。聖杯、か。そういえば、何も考えてなかったな」
 妖汰は自身の思いをそのままに声にした。
 ややあって、霊夢がため息をついた。
 「……まだあんたが聖杯戦争に巻き込まれたマスターだって言われた方が納得できるわね」
 「へいへい」
 妖汰自身、何故ここまで計画性の無いままに、英霊召喚に踏み切ったのか、わかっていない。
 まるで、何かにとりつかれたようでもあった。
 まるで、何かに導かれているようでもあった。
 まるで、何かを追いかけているようでもあった。
 そう、妖汰は感じていた。
 「じゃあさ、霊夢は聖杯になにを願う?」
 霊夢に問われたことをそのまま返す。
 すると霊夢は、一呼吸置いてから、話し始めた。
 「そうね、私は――」
 ――瞬間。耳をつんざくような音が鳴り響いた。ガラスの割れる音だ。
 方向は東雲家の庭。東雲家は和風の家であり、そこそこの面積を誇る。ここに両親がいないで、妖汰ひとりでいるのだから、不便この上ない。
 「なんだってんだ……ッ!」
 「敵襲、かしらね」
 妖汰と霊夢は音の方向へと駆け出した――。
 
 庭に出ると、そこには見覚えのない人影があった。
 真っ先に印象を与えられたのは、その大きな三角帽子だった。身につけている黒い服に白いエプロン、手に持った箒を合わせ、いかにも魔術師というような――それも21世紀初期の――格好をしていた。
 魔術師風の金髪少女がこちらに近づいた。
 「――へっ、聖杯戦争でも一緒になるとはラッキーだな。運命っていうのか?」
 あたかも霊夢のことを知っているかのような口調で話しかけてきた。否、霊夢のことを知っていると考えて間違いないだろう。
 「運営っていうより腐れ縁ね、魔理沙
 霊夢は金髪の少女を『魔理沙』とよんだ。これが相手の真名か。
 ――サーヴァントの敵襲じゃないか。
 妖汰は少々の焦りを感じた。
 すでに空気は張り詰めている。
 少しのきっかけで崩れてしまいそうな、圧倒的緊張感。
 「ここで始めてもいいんだけど、聖杯戦争は秘匿しないといけないでしょう? 魔理沙、ついてきなさい」
 「ん、私は構わないぜ。久しぶりに霊夢と闘えるなら」
 二人は会話をすすめている。
 何やら取り残されている感じがするが、まあいいだろう。
 ――初戦、開幕だ。

東方聖杯譚〜Fate/FantAsia act.0

 聖杯。
 其は全てを叶える願望器である。
 魔術師たちは、自らの願いを叶えるべく、万能の願望器を求める。
 そして、聖杯を手に入れる為には、とある戦争を勝ち抜かなければならない。
 それは、聖杯戦争
 ――真理を手に入れたければ汝、最強を以て力を証明せよ――
 
  ×
 
 東雲妖汰は家の地下にいた。
 何故地下にいるかというと、とある準備のためである。
 おっと、それでは説明不足だろう。今行っているのは、聖杯戦争の準備だ。
 「うし、こんなもんかな……」
 誰に向けるでもなく、妖汰は独り呟いた。
 よく友人に、独り言が多いと言われるが、まさにその通りだな、と実感した。
 「あとは媒介を用意して……」
 言葉に出して確認しながら、工程を進めていく。
 次の工程はサーヴァントの召
喚だ。今回、妖汰が召喚しようとしているサヴァントのクラスはキャスターだ。
 相性がいいわけではなく、ただ、たまたま手に入った召喚媒介が、キャスターのものだったのだ。
 媒介となる、神社の巫女が持つようなお祓い棒。いわく、これを媒介に召喚されるサーヴァントは、キャスターであるらしい。
 真名は知らないが、真名を話してくれるだろうか。それ以前に、召喚したサーヴァントと、上手くやっていけるだろうか……。
 「は、何考えてんだ。ポジティブシンキングしねえとな」
 自身を鼓舞するように、妖汰は声に出した。
 
 妖汰は未熟な魔術使いだ。使い魔も使えなければ簡単な魔術程度も存分に使うことが出来ない。
 そんな妖汰の右手の甲に、令呪が宿った時にはさすがに驚いた。
 死んだ両親の血が優秀だったのか、魔術回路の質と量は相当のもので、素人同然である妖汰を、聖杯戦争を勝てるかもしれないと思わせたのは、この魔術回路が原因だ。
 ――さて、そろそろ始めようか。
 聖杯戦争を――。
 
 ×
 
 
 宇佐見香子は自宅の庭で空を眺めていた。
 彼女は、東雲妖汰同様に、聖杯戦争に参加しようとしている魔術師である。
 ただし、妖汰と香子には大きな違いがある。
 それは“経験”だ。
 魔術師として、幾つもの戦場を経験した香子は、戦いにおいて最も重要な点が何かを知っている。
 前準備。これに限る。
 香子は、この聖杯戦争に参加するにあたり、約一ヶ月前から準備をしている。
 召喚媒介の入手に時間がかかってしまったが、それ以外は計画通りに進んでいた。
 「……」
 辺りが沈黙で満ちる。
 香子が子供の頃に姉が家を出て以来、この家には話し相手がいない。
 姉はとりわけ優秀で、大学を難なく卒業した後、日本の各地を巡っては――姉をここで語るのはよそう。
 
 香子が手にいれた召喚媒介は、“剣の鞘”である。
 随分と昔、冬木と呼ばれる土地で起きた聖杯戦争で媒介として使われたそうだが、流出し、行方が分からなくなっていたところを見つけ出した。
 名は“全て遠き理想郷”。
 ブリテンの王、アーサー・ペンドラゴンが持つ聖剣、“約束された勝利の剣”の鞘である。
 この通り、香子が召喚しようとしているサーヴァントは、最優のクラス、セイバーだ。
 ――じゃあ、そろそろ始めようか。
 聖杯戦争を――。
 
 
 ×
 
 
 塾帰り、それは突然に襲ってきた。
 猛烈な痛みと吐き気。
 耐え難い痛みが浜野美希の体を襲った。
 「――っ、くぁ……」
 足元がふらつき、近くのビルの壁によりかかる。
 誰かに見られちゃいけない――。
 何故かそう思った美希は、足を引きずるように路地裏へ向かった。
 もはや正確に思考する余裕などなかった。
 その痛みは徐々に激しくなっていく。
 「ああ、ごめんなさい。苦しませるつもりはなかったのだけれど」
 言葉は突然に聞こえた。
 聞き覚えのある声が反射する。
 途切れそうな意識の中、美希は声の主に気がついた。
 ――あぁ、間違いない。この声は私の声帯から発せられている。
 一体何が起きている?
 「貴女の体が随分と適合したから、しばらく借りているわね」
 適合? 借りる? どういうことだ。
 「大丈夫。貴女は何も考えなくていい」
 だめだ。自分の言葉すらうまく聞き取れない。
 ――死ぬのか?
 「場合によってはね。でも、わたしは強いから、きっと大丈夫」
 ――意識は既に――途切れ途切れで――。
 ――美希は、最後に聞いた言葉だけ、鮮明に聞き取ることができた。
 「――わたしは謐。アサシンよ」
 ――では、そろそろ始めようか。
 聖杯戦争を――。
 
 
 ×
 
 
 ピースは揃った。
 各地でサーヴァントが召喚される。
 では、頁を捲るとしよう。
 ――このとち狂った物語の頁を。

No title story ―プロローグ

 12月25日。クリスマス。
 朝凪柊汰は独り、とある場所に訪れていた。
 幼い頃に、よく訪れていた場所だ。
 朝凪の住む町にある、車通りの少ない橋。
 下には大きな川が流れており、その高さは思わず腰が引けるほどだ。
 その川の向こうは、丁度夕日が落ちる場所と重なっており、とても綺麗な夕景となっている。
 とても美しい風景なのだが、ここにはあまり人が訪れない。
 数年前、一人の少女が、ここで自殺した。
 まるで連鎖のように、この橋から飛び降りる人間が、年々増えていった。
 以来、ここは自殺の名所として有名になった。
 だからここには人が来ない。
 こんなにも美しい眺めなのに、と朝凪は思った。
 朝凪はこの眺めが大好きだ。
 バイトがない日には、ほぼ毎日訪れているほどには大好きだ。
 だが、今日朝凪がここに訪れたのは別の理由だ。
 朝凪は本気で、自殺を考えていた――。
 
 
 朝凪は独り暮らしである。
 中学三年の3月。
 交通事故で両親が他界した。
 それはあまりにも突然で、よく覚えていない。
 高校は、中学まで続けていた野球をするため、野球の名門校に進むことを決めていたのだが、自分独りで生活しなければいけなくなったが故に、野球は続けなかった。
 今はバイトでお金を稼ぐことで、生活を送っている。ある意味、兄弟がいないことが幸いしたといえるだろう。
 朝凪は将来を期待される野球選手だった。そのため、高校でも活躍を期待されていたのだが、野球をやめることになったので、周りからは失望されてしまった。
 また、朝凪の性格も周囲に受け入れられなかった。朝凪はあまりにも世話焼きすぎた。誰かが困っているのを無視することができなかった。
 当初はまだましだった。
 だが、三ヶ月も経つと、周りには誰もいなくなっていた。
 どうも朝凪は、人に嫌われる素質があるみたいだ。
 朝凪柊汰は完全に独りとなった。
 そんな生活には嫌気がさしたのだ。
 もう、生きるのには少し疲れたんだ。
 
 
 ――悲しい人生だな。
 こうして人生を振り返ると、やはり、嫌気がする。
 じゃあ、終わりにしようか。
 朝凪は橋の手すりに足をかけようとした。
 ――だが、それ以上の行動はできなかった。
 「……結局、死ぬ勇気すらないのか、僕は」
 知らずのうちに呟いていた。
 朝凪は立ち尽くした。
 地平線に沈む太陽が虚しかった。
 ――どうしようもないな。
 ――今日は帰ろうか。
 元々、そこまでの覚悟はなかった。
 まるで、そうなることが決まっていたかのように、自殺を考えていた。
 随分と感情がないな、と朝凪は考えた。

 朝凪は家路につこうと歩きだした。
 と、向かいから人がこちらに歩いてくるのが見えた。
 朝凪と同じくらいの高校生にみえる女の子だ。
 人が通るなんて珍しいな、と朝凪は何気なく考え、少女の横を通り過ぎようとし――。
 
 ――その少女の目には、あまりにも生気がなかった。
 
 少女の目つきで、朝凪にはわかってしまった。
 ――ああ、死ぬんだな。
 と。
 確証なんかはないが、どうしようもなく、直感的にわかってしまったのだ。
 咄嗟に、朝凪は振り向き、その少女の腕を掴んだ。
 「……君、死ぬつもりでしょ」
 自分の意思に反し、声にでていた。
 少女は驚愕の表情をみせ――ることはなく、ただ、無表情のままだった。
 「なんのつもり」
 少女は言った。
 朝凪は返した。
 「止めるつもり」
 朝凪は内心、自分自身に呆れていた。
 ついさっきまで死のうとしてた男が、一体何を言っているんだ。
 「私に関わらないで。どうして初対面の相手にここまでするんだ」
 少女は吐き捨てた。
 そして、朝凪の手を振り解いた。
 朝凪は呼び止めた。
 そして、少女の手を強く握った。
 「どうしてだろう。ただ、目の前で誰かに死んで欲しくない。そう思っただけ」
 朝凪は再び呆れた。
 こういうところなんだよ、自分が嫌われる理由は。
 自分でもわかっているんだ。
 「話を聞かせてよ。君の話を。少しは気が楽になるかもしれない」
 朝凪がそう言うと、少女はさっきとはまた違う反応をみせた。
 「……誰かに話すつもりはなかったけど。どうやらあんたは随分と世話焼きみたいだ」
 「自覚してるよ」
 「そうだろうね。じゃ、話してあげる。私の話」
 正直意外だった。
 まさか成功するとは。
 少女は少しだけ、表情が明るくなった。そんな気がした。
 「私は辻本園花。あんたは?」
 「朝凪柊汰」


 12月25日。二人の自殺願望者が、運命的な――少々ロマンチックさにかける――出会いを果たした。